「そういえば、志摩君はもう聞いた? あの二人『また』だって」
「……へぇ」
顔馴染みの事務員からそんな風に告げられたのは、そう大して難易度の高くない単独任務を終えて、おざなりに書いた報告書を提出しに事務方を訪れたときのことだった。
任務の報告とか諸々の手続きでよくお世話になる可愛いらしい女性職員。何度か声をかけてメアドは教えてもらったけれど、デートはまだ。「もしも彼氏と別れたらお願いするね」だなんて言われて尚食い下がるほどの気持ちはなかったので、それからは手続きの合間に雑談をしながら目の保養と心の癒しを与えてくれていた彼女。
もちろん今日もそのつもりだったけれど、話題がちょっとばかりよろしくなかった。
もやもやした気持ちを抱えたまま、祓魔師に与えられた部屋が並ぶ廊下を歩く。自室の前をスルーして、その隣の部屋のドアをノックする。
「坊ー、志摩ですえー」
開いとるで、と中から声がした。ドアを開けると、机に向かっている坊の後姿。下は祓魔師の制服のズボンだったが、上着は脱いだのか、きちんとハンガーにかけて壁に吊るされている。とりあえず椅子やベッドに放り投げる自分とは大違いだ。
「なんや?」
書き物をしていた手を止めて振り返った坊は、俺が正装をしているのをみて軽く眉を上げ、「これから任務か?」と訊いてきた。
「いや、もう終わってきましたわ。受けたのは坊らが出たのより後やったんですけど、簡単なやつやったんで。坊の方が時間かかったみたいですやん。おつかれさんでした」
「おう、お前もな」
短く返すと、坊は再び机に向かってしまった。何を書いているのか凡その予想が付きながら、大して広くない部屋を横切り、彼の背後からそれを覗き込む。
「まぁた始末書ですか」
坊らしい几帳面で整った文字を綴っていたペンの動きが一瞬ぴくりと止まる。ちら、と横目で見れば苦虫を噛み潰したような顔の坊がいた。
「………あの阿呆のせいや」
どこの阿呆かなんて、名前を出すまでもなかった。間違えようもなく、かつての同級生で、今現在の同僚で、サタンの落胤でありながら祓魔師をやっている『彼』のことだ。
祓魔塾時代から紆余曲折あったものの、彼も自分たちも無事に祓魔師の資格を取ることができた。彼の存在は聖十字騎士団の公然の秘密のようなものとなり、一部からはそれなりに受け入れられている。けれども全体で見れば風当たりは依然強く、中枢は力の暴走を恐れ、彼の単独任務を許さない。任務のときは必ずお目付け役が付く。それは主に彼の双子の弟だったり、師匠である魔剣使いだったりするのだが、二人に次ぐ頻度で何故か坊にお呼びがかかる。確かに前衛タイプと後衛タイプでバランスはいいし、普段は口喧嘩が絶えないくせに何故か戦闘になると息が合う二人ではあるが、それを面白くないと思っている自分がいる。
自覚はある。これは、嫉妬だ。
「そんなら、その阿呆な人に書かせればええやないですか。なんやいっつも坊が書いてはるみたいやけど」
「俺もそれは思うたわ。けどな、あいつ文書もよう書けんのや。小学生の方がもうちょいマシなもん書くで。いっぺん任せたら、結局全部俺が書き直すことになってな。せやから最初から俺が書いた方が早いんや」
「ははは、ご愁傷様です」
湧いてくるドロドロしたものに蓋を被せて、いつものような軽口を叩く。坊に気づかれたくはない。
「だいたい、何でいつも俺があいつと組まなあかんのや」
坊の横顔を眺めながら、思わずすぅと目を細めた。
嗚呼、このお人は知らないのだ。一部の口さがない連中からは始末書コンビなんて揶揄されているけれど、いつも始末書沙汰になっているんじゃなくて、ちょっとやりすぎた結果の不必要な器物損壊だとか、素人の付け焼刃で悪魔召喚をして暴走させた依頼人を二人揃ってぶん殴っただとか、そんな可愛らしい始末書程度で済んでいるという事実を。二人が組んだときは、当初の予測よりも犠牲者が遥かに少ないという事実を。
基本的にお人好しの二人が揃ったら、人命救助と標的殲滅を天秤にかけるまでもないことなのだろう。しかも助ける人は助けて、尚且つ標的も倒せているのだから性質が悪い、というよりは。
「………ええコンビですやん」
「…? 今なんぞ言うたか?」
小さく、小さく思わず漏れ出た声は、幸いにも届かなかった。
どうか、そのままずっと気づかなければいいのに。
[4回]
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