達磨が目覚めるとそこには何もなかった。ただただ白い世界が広がっている。自分が何故こんなところにいるのか分からない。そもそも此処は何処なのか。何か大事なことを、とても大事なことを自分はしていたはずなのに、まるで頭に靄がかかったようにそれを思い出せなかった。
ふらり、と立ち上がった達磨はあても無いままに歩き出そうとする。
「そっちは違うぜ、達磨」
ふいに後ろから呼びかけられて振り向いた。そこには神父服を着ているのにやけに柄が悪く見える男が立っている。君は誰だと問いかけようとした。だが言葉を紡ぐよりも僅かに早く、頭の靄の一部が晴れて、達磨は男の名を思い出した。
「……藤本君」
「よっ」
片手を上げて軽い調子で挨拶する男は、達磨の記憶にある姿とまるで変わっていなかった。
「久しぶりやね。こないなとこで何しとん?」
懐かしさに微笑んで達磨がそう言えば、眉間に皺を寄せた獅郎がぐにりと達磨の頬を摘み上げた。
「むぃ」
「そりゃこっちの台詞だっつの。お前こそこんなとこで何してんだよ」
「へ?」
「まだお前はお呼びじゃねーっつーんだよ」
ぱっとその手を離したかと思うと、獅郎の手は達磨の肩を掴んでくるりと体を反転させる。
「おらおら、とっとと帰れ。……当分来るなよ」
とん、と背中を押され、倒れこむその先には地面がなかった。
「え、え!?」
悲鳴を上げる暇もなく、達磨の体は虚空の中へ落ちていく。
「うちの馬鹿息子どもにもよろしくな、達磨」
にやりと笑った獅郎の顔も、やがて見えなくなっていった。
[4回]
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