雷鳴とちょっと繋がってる柔勝。
ナチュラルにできてる二人の事後的な話なのでご注意ください。
遠くで雷が鳴っている。
夜明けが近づき、うっすらと外が白み始める頃合に目覚めた勝呂は思った。時折障子の向こうがぱぁっと明るくなるのは稲光なのだろう。昨日の夕方から降り始めた雨は未だ止むことなく降り続けている。
外の様子を伺おうと布団から身を起こそうとして、勝呂は自分を背後から包み込んでいる腕の存在を思い出した。
「あと少しのとこで降られてしもうて」
そう言いながら、短く切り揃えられた黒髪から水滴を滴らせて勝呂の部屋を訪れた男は、今は勝呂の隣で眠っている。
表玄関から入れば勝呂の母親や虎屋の従業員が流石に見咎めただろうが、長い付き合いから勝手知ったる裏口を使い、さらに縁側から上がりこんだのであろう、濡れ鼠と呼んでも差し支えのない男の姿に勝呂は眉を寄せた。対する男はいつもの如く緩やかな笑みを浮かべていたが、歩み寄ってきた勝呂の顔を見て、こちらも微かに眉を顰める。早よ拭かんと風邪引くで、とタオルを差し出した彼の腕を取って無言で引き寄せた男、志摩柔造は抗議の声を遮るように、勝呂の唇を奪った。
「おまっ、…んっ…」
柔造の濡れた衣服や髪から垂れ落ちる雫の冷たさとは対照的な、押し当てられる唇や腕を掴む手のひらの熱さに勝呂はひるむ。
その隙を当たり前のように突いて口腔に入り込んでくる舌の感触にぞくりとしながら、勝呂は柔造の肩越しにいつの間にか障子が閉められていることを確かめる。そのことに安堵して、ようやく勝呂はこの如才ない男の背中に手を回した。
記憶を振り返りながら、そういえば結局この男の服は濡れたままではなかったかと勝呂は思い出した。お互いに脱がして脱がされた服は適当に放ってしまったから、乾かぬまま皺くちゃになっていることだろう。
(まあ、帰るときの服は俺ので何とかなるやろ。騎士団の制服やのうて良かったわ)
一人で納得して、それからそっと体の向きを反転させる。
すると眠っていると思っていた柔造と目が合い、うぉ、と小さく声が洩れた。
「すまん、起こしてもうたか」
「…構へんですよ。坊は早起きさんやなぁ」
そう言って微笑む柔造の両の手が勝呂の体を抱き寄せる。昨夜はコトが済んでからそのまま眠ってしまったので、お互い何も身に着けていないままだった。そのことに勝呂は何となく気恥ずかしさを覚える。柔造と体を重ねた回数は片手を優に越えてしまったが、未だにこの事後の雰囲気というものが苦手だった。もっとも、以前柔造にそのことを素直に話したら「最中の方がもっとあられもない姿やのに、ほんま坊はかいらしいお人やなぁ」とにやにやされたので二度と口に出さないことにしているのだが。
思い出して少し火照った顔を隠すように、勝呂は抱き寄せられるまま、柔造の引き締まった胸元に額を押し付けた。
そんな室内の様子に構うことなく、外では雨が降り続いている。雨脚は強まり、雷も先程より近づいてきているようだった。
「流石に今朝は日課のジョギングも無理なんと違いますか」
「それ以前に腰がよう立たへん」
「なんやて。誰です、坊にそんな無体働いた不届き者は」
「鏡見てみい、鏡」
柔造は勝呂の髪を梳き、勝呂はその指先の心地よさに目を細めながら、そんな軽口を叩き合う。どちらともなくクスクスと笑みが零れた。
一際大きな雷鳴が轟いたとき、ふと柔造が呟いた。
「そういや、坊が雷恐がっとったことありましたなぁ」
「…恐がってへんで。いつの話やねん」
憮然として返したものの、勝呂も思い出していた。雷に体が竦んでしまった勝呂を見つけに来てくれた柔造の姿を。あの夜は確か、柔造と共に部屋に戻ると廉造と子猫丸も雷の音に目を覚ましており、ついでに金造も起き出して来て、結局五人でくっついて眠ったのだった。その時も柔造は勝呂を抱きしめて眠った。
「だいたい何が『雷が恐い』や。けったいな嘘つきおって」
いつの話だと言いながらも、物覚えのいい勝呂は柔造が言い訳にした方便も覚えている。そんな些細なことですら、柔造の心に愛おしさを満たすのには十分だった。
「嘘とちゃいますて」
「今こんだけ雷鳴ってて全然普通やないか」
じとりと睨みつける勝呂に対して、柔造は涼しい顔を崩さない。
「坊かてもう雷は平気でっしゃろ? せやから、柔造はもう雷なんぞ恐ないんですよ」
得意げに言われた言葉に、勝呂は訝しげに眉を寄せ「なんやそれ…」と呟いた。そんな勝呂を満面の笑みを向けて抱き寄せた柔造は、その耳元に唇を寄せる。
「柔造の一番恐いもん、坊にだけ教えましょか」
ひっそりと艶やかな声音で囁かれ、勝呂は小さく吐息を洩らして、無言で続きを促した。
「柔造は、坊が泣くんが他の何よりも、恐ろしい」
昔っからです、と柔造は言葉を続ける。
「ガキんときから坊が泣いとるところを見ると、胸がぎゅうぎゅう締め付けられるんや。恐ぁて苦しゅうて堪りません。せやから坊に涙零させるもんがおったら、そいつも恐い。憎らしゅうて、恐い。あんときの雷かてそうや。坊を泣かせよった」
「泣いてへんて!」
勝呂の否定の言葉を聞き流して、柔造は身を起こした。覆いかぶさってきた柔造を押しのけようとした勝呂の手は、柔造の指にやんわりと絡めとられる。そして、空いた手の親指でそっと眦を撫でられて、覗き込んでくる柔造の真摯な眼差しに、動けなくなった。
「何よりも恐いからこそ、坊が泣いてはるのを見落としたりはできんのです。昨夜もこっそり泣いてたんとちゃいますか? なんでもない振りしても、あないな赤い目ぇしてはったらバレバレや」
気まずさに耐え切れず、顔を背けた勝呂の頬に柔造の口付けが落とされる。
「坊、お願いやから、一人で泣かんといてください。柔造がお傍におりますから」
「…せやけど、俺に泣かれたら嫌なんやろ」
「嫌なんと恐いのとはちゃいますよって。一緒におるときやったら坊をお守りすることも、慰めることもできる。こっそり泣かれたら、それもできんやないですか。その方がもっと嫌や」
ねぇ、とあやすように髪を梳くと、背けられていた勝呂の視線が向き直る。
「せやったら、今度からそうしたる」
呼んだらすぐ来いや、と挑発するように笑う勝呂が伸ばした両手に引き寄せられるまま、柔造は身を倒す。お望みのままに、と呟いて。
[13回]
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