勝呂は微妙に困っていた。原因は目の前に座って鼻歌なんぞを歌っている男、志摩廉造である。
自室の寝台の端に腰掛けている勝呂に対し、志摩は床に胡坐をかいているので、勝呂からはピンクの髪の間のつむじが見えている。何が楽しいのか上機嫌な志摩に何となくムッとして(つむじでも押したろか…)と空いた左手を掌握しながら思う。
右手はつい先程から志摩に握られている。
勝呂の体格に似合った大きさの右手を、壊れ物でも扱うかのようにそっと握り締めながら、志摩の指が手の甲を滑る。少しひやりとした感触がしたかと思うと、ゆっくりと撫ぜられて、感触の元であるハンドクリームが伸ばされていく。
「…くすぐったいわ」
ぼそりと呟くと、鼻歌を止めた志摩が、口元には緩い笑みを湛えて上目遣いに見上げてくる。
「我慢できんわけじゃないでしょう? すぐ終わりますよって」
言いながら、手の甲を撫でていた動きが指先を一本一本包み込むようなものに変わっていく。
「だいたい坊があかんのですよぅ。幾ら候補生の任務やったからって、こないに手荒れこしらえて…」
親指へ丹念にクリームを塗りこみ、今度は人差し指へと移る。
「別に手荒れくらい、どうってことあらへんやろ」
「あきません」
軽く呟いた言葉に対する志摩の返答は、予想よりも強い声音だった。
「坊の手は、大事な大事な手なんやから」
持ち上げられた手が、志摩の口元へ近づけられる。爪先に触れる吐息がくすぐったかった。
「坊自身が良くても、俺が許しません」
「せ、せやけどなぁ」
志摩の薄く開いた口に、自分の指先が吸い込まれそうな光景を目の当たりにして、勝呂の我慢は限界に達した。
「触り方がなんかやらしいんやおまえはーっ!!」
握り締めた拳は志摩の手を振り解き、彼の顎先へそれは見事なアッパーカットを叩き込んだ。
[5回]
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