「あいつは絶対…俺が、倒す!」
『俺は、サタンを倒す!』
そこにまるで憎い仇がいるかのように一点を睨んで呟いた子どもの横顔が、志摩にはその記憶に残る誰かの横顔と重なって見えた。否、誰かなんて考えるまでもなかった。
(坊…)
民宿への帰途を歩きながら、ここにはいないその人の呼び名を、そっと心の中で呟く。
(もし坊があの場におったら、どない思たやろか)
土地の伝承に残るほどの強大な海の悪魔。それを父親の仇とする子ども。絶対倒すだなんて言うけれど、いったいどの程度の力や策があるというのか。それはきっと無いに等しいだろう。あの祓魔師のエの字も知らなさそうな子どもに。
(………滑稽や)
無理に決まっている。無茶だ。無謀だ。無駄だ。危険極まりない。彼我の力の差は歴然。同じ土俵に立つことすら困難。何か冗談のつもりなのではないかとすら思える。
きっと殆どの人たちが、同じようなことを思うだろう。
それなのに、当人だけが、本気で倒すつもりでいる。倒せると、信じている。
なんて滑稽。なんて愚か。
けれども、と志摩は思う。
(一番滑稽なんは、そんなお人が愛しゅうて愛しゅうてたまらん自分なんやろうなぁ)
すでに子どものことなど志摩の頭からは抜け落ちていた。ただ唯一の人のことを想う。
かの人の目標とする道がどんなに困難で、どんなに無茶なものでも、それでも彼が信じて突き進まんとするのならば、自分はどこまでもついて行くのだろう。
(惚れた弱みゆうんは恐ろしいなぁ)
(嗚呼、なんや坊に会いとうなってきてもうた)
任務分けの編成が別々になってしまったのが非常に悔やまれた。聖十字学園に帰るまでは会うことができない。
民宿に戻ったら電話をしようか。「一応まだ任務中やろ」と怒られるかもしれない。けれども結局電話は切らずに話を聞いてくれるはずだ。薬草集めやイカ焼きの話をしよう。水着の女の子の話は怒られるか呆れられるかのどちらかだ。バリヨン集めの首尾を聞いてもいいだろう。それから、
(坊に似た子がおりました言うたら、ちょっと妬いたりしてくれへんかな)
そんな都合のいいことを考えたりしていたから、前を歩いていた燐が呼びかけていることにすぐには気づかなかった。
「おーい、志摩。聞いてんのかよ」
「…へ、ああ、堪忍、奥村くん。なんやった?」
「いや、何さっきから変な顔しながら歩いてんだよって」
「いつもと同じ顔じゃない」
「ちょ、出雲ちゃんヒドイ!!」
[4回]
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